南さんが撮った写真の中の人々は皆、キラキラとした良い表情をしている。
科学王国の日常の一瞬をとらえた一枚一枚から、声や息づかいが聞こえてきそうだ。
彼女は今日もシャッターチャンスを逃すまいと勤しんでいる。
一方そういう私はというと、今はちょっと休憩中。
「見て〜この千空ちゃん」
ドイヒー作業疲れちゃった〜と言いながらここまで一緒について来たゲンが指差したのは、跡が残りそうな程眉間にシワを寄せている千空の姿。
機械作りは地道な作業の積み重ねである。私は虫取に駆り出されていたので、彼がここで汗を流していた時の顔を見るのは初めてだ。
「なんか、やっぱ良いね。写真って」
こうして今のことを記録しておける。単純な記録としてだけでなく、楽しかったことや大変だったことを懐かしめる。
片手で誰でも写真が撮れる時代で生きてきた人間からすると、殊更に感慨深いものがあった。
それを一番身に染みてわかっているのは勿論、南さんなのだろう。
「遠足とか修学旅行の後にこうやって写真見ながら買うやつメモしたの思い出すな」
「あ〜〜やったよねぇ、好きな子の写真こっそり買っちゃうとかね〜」
「へーえ、ゲンもそういうことしたんだ?」
「あっ、いや昔の話だからさ!」
「なんでちょっと焦ってんの」
別に恥ずかしがらなくても良いと思う。
おお、随分といたいけな少年じゃあないか!なんて、コハクならそう言っただろうか。私もそう思います。
「やっとけば良かったな。そういうの」
好きな人の写真なんて恥ずかしくて買えなかった。せめて一緒に写れたら良かったけどクラスやグループが違ったらそれすらも叶わなくて。
「来年こそはって毎年思ってたら突然転校しちゃったんだ、その子」
「うわ、それは切ないね」
ちょっと良いな、くらいに思っていただけなのでそこまで引き摺りもしなかったけれど、今いる人がずっと当たり前にいてくれる訳じゃないと、子どもながらに理解した。
「焼き増しはリームーなんだよねぇ、今はまだ」
ここに飾られた写真は、どれも世界に一枚のプレミアものだ。
でも、今はこうして皆の姿を後に残せること自体に感謝しないと。
「欲しい写真があるの?」
「まあね」
「えっもしかして気になる人がいる?まさか、この水着写真……?」
「俺ってそういうイメージ!?ドイヒー……」
がっくりと項垂れたゲンは「まあ、もらえるならもらわないこともないけど」と白状した。正直で結構である。
「複製できないなら撮る機会を増やしてもらうしかないんじゃないかな」
「んー交渉の余地はアリ、だよね」
「あとはゲンもカメラもらって、それ持って歩くとか?まあとにかく頑張ってね」
「あはは、ンなくだらねー事に使うなって怒られそー」
作った道具は、今はとにかく文明の復興のために。南さんのカメラは、彼女の仕事道具としてその役割を果たしている。
そろそろ持ち場に戻ろうかと二人でふり向くと、さっきまで眺めていた写真を撮った張本人、南さんが立っていた。
「お戻りのところ悪いけど話はちゃーんと聞かせてもらったし、並んで並んで」
それは盗み聞きと言うんじゃないかと思ったけれど、ゲンも「良いから良いから!」と乗り気である。
「はい笑ってー」
カシャ、と音が響いて、私とゲンのサボり現場は後世に残ることとなった。
「ね、南ちゃんもう一枚お願いして良い?俺目瞑っちゃったかも〜……お願いっ!」
「…………ふーん?分かった。じゃあもう一回、今度はさっきよりもっと良い笑顔で!!」
目を瞑った写真は私もなんとなく見返すのが恥ずかしい。ゲンの気持ちは分からないでもないので、もう一枚付き合うことにした。
「南ちゃんほんとありがとね〜。これで足りる?」
「どういたしまして。ああ、そういうのはいらないけど、進展の報告だけはよろしくね!」
二人が裏で握手を交わしていたなんて、その時の私は全然気が付かなかったのだけれど。
2020.3.22 思ひ出廻廊
back